大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)364号 決定 1967年7月14日

抗告人 宮原光雄 外一名

訴訟代理人 林百郎 外四名

相手方 日本国有鉄道 代表者総裁 石田礼助

主文

長野地方裁判所伊那支部が昭和四十二年五月九日、同庁昭和三十四年(ワ)第二八、第二九号の各解雇無効確認並びに給料請求事件についてなした各回付は、いずれもこれを取消す。

理由

本件各抗告の趣旨および抗告の理由は、いずれもその内容を等しくし末尾添付別紙記載のとおりである。

本件記録にそれぞれ編綴されている各回付書によれば、長野地方裁判所伊那支部は、昭和四十二年五月九日、原告抗告人西沢忠雄、被告相手方間の同庁昭和三十四年(ワ)第二八号、原告抗告人宮原光雄、被告相手方間の同庁昭和三十四年(ワ)第二九号の各解雇無効確認並びに給料請求事件(以下本件各事件という)を、いずれも長野地方裁判所に回付したことを認めることができる。

よつて案ずるに、地方裁判所の支部は本庁と一体をなして、一つの管轄裁判所を構成するものであり、各支部につき「地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則(昭和二十二年最高裁判所規則第十四号)」によつて、それぞれ管轄区域が定められていても、右管轄区域なるものは、土地管轄について民事訴訟法が規定する管轄単位をなすものでないから、原告は、その訴を民事訴訟法の土地管轄の規定に違背することなく地方裁判所の本庁又は同一地方裁判所の支部中任意の支部に提起しうるものである。ところで、右訴の提起により地方裁判所の本庁の各部又は支部に訴訟は係属し、その訴訟を受理した部は訴訟法上の受訴裁判所となるので、その部に係属した事件を他の部(本庁の他の部並びに支部を含む)に移すことは、民事訴訟法のいわゆる「事件の移送」に該当するものではなく、同法の移送に関する規定の適用はないけれども、訴訟法上の受訴裁判所を変更するのであるから、受訴裁判所は訴訟上の措置として、裁判(決定)をもつて、右変更をなすべきものである。かような措置については、事件当事者双方に異議のない場合を除き、合議裁判をすることのできない乙号支部において、事件を合議制の下に審理するを要するものと認めた場合、若しくは民事訴訟法第三十一条所定の如き必要ある場合、その他正当の事由がある場合に限り、受訴裁判所を変更し得るものであり、濫りに他の部に回送することは許されないものと解さなければならない。思うに当事者にとつて、裁判所が地域的に遠いか近いかは、その訴訟遂行上著しい利害関係を醸すものであることは明らかであつて、地方裁判所の本庁と支部又は支部相互間に上記規則によつて、それぞれ管轄区域が定められた所以は本来国民に対する司法行政上の便益供与に出たものに過ぎないとしても、確立された管轄区域によつて、一たん保護されるに至つた国民の権利は、単なる事務取扱上の措置を理由に任意に剥奪されうるがごときものと謂うを得ないものと考えなければならないからである(尤も、同一地方裁判所の本庁内の一部から他部に回付することは裁判所の事務の都合上、決定書を作成することなく行われているのが実情であるが、同一庁内の部への回付は当事者に上述の如き利害関係はないので、当事者も異議なく、円滑に行われているが、この場合の回付は訴訟上の決定の性質をもつているのである。)

上記のように、原告が、その訴を民事訴訟法の土地管轄の規定に違背することなく、地方裁判所の本庁又は同一地方裁判所の任意の支部に提起しうるものである結果、被告は原告の右任意選択によつて或は本庁或は支部に応訴を余儀なくされ、その為不当に著しい経済上の不利益を強いられることなしとしないとすれば、被告に対して、当該訴訟事件を適正な支部なり本庁なりに回付の申立をなす権利(申立権)を拒む理はない。この申立を却下した決定に対し、抗告をなしうることは民事訴訟法第四百十条の規定上明らかである。そうだとすれば申立を認容し、或は申立に基づかずしてなされた回付決定に対しても、右決定によつて利益を害される当事者にも抗告をなしうるとするは当事者衡平の観点より、当然のことといわねばならない。

以上説示のとおりであつて、当裁判所は上記長野地方裁判所伊那支部の回付に対する本件抗告自体、適法であると解するから、進んで本件抗告の理由について判断する。

抗告代理人らの、本件回付によつて、抗告人らが経済上重大な損失を蒙るとの主張についてみるに、抗告人らがそれぞれ、上伊那郡辰野町樋口(抗告人宮尾光雄)、岡谷市山手町(抗告人西沢忠雄)に居住することは本件各事件の記録上明らかであり、右各地より伊那支部までの距離が、それぞれ約十七キロメートル、約二十八キロメートルに過ぎないのに対し、本庁である長野地方裁判所までの距離は百十キロメートルを越え、汽車で片道三時間以上も要するものであることは公知の事実である。而して、本件各事件の記録によれば、本件各事件はいずれも昭和三十四年伊那支部に提起されたものであつて、既に約八年に亘つて、それぞれ二十三回乃至二十四回の期日を重ね、証拠調べも相当程度進行していることを認めることができる。

そうだとすると、本件回付によつて抗告人らが経済上著しい損失を蒙るものというべきであるのに対し、審理の今日の段階において改めて、伊那支部の裁判所庁舎の構造、人員配置(法廷警備)等の面から本件各事件の審理を困難にする事情が生じたとは到底考えられないのみならず、乙号支部である伊那支部において本件各事件が合議体によつて審理、裁判されるを相当と思料した場合には、最寄りでありしかも、上記最高裁判所規則によつて自ら合議体を構成(転補によつて)する飯田支部に回付し、同支部において合議体による審理裁判をする旨の決定をする(抗告代理人らの、長野地方裁判所は本案に対する土地管轄を有しないとの主張が理由のないものであること上段判示のとおりであつて、長野地方裁判所の合議体も裁判所法第二十六条第二項一号の決定をなし得ないわけではないが)のが、訴訟遅延を避けるうえからも相当な措置であつて、いずれにしても上記抗告人らの蒙る経済上の損失を無視してまで、本件各事件を長野地方裁判所に回付する必要をみいだし難い。

されば、他に特段の事情の存しない本件における回付の決定は不当というほかないから、本件抗告は理由があるといわなければならない。

よつて原各回付決定は、これを取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 石田哲一 裁判官 矢ケ崎武勝)

別紙

抗告の趣旨

原決定はこれを取り消す。

との決定を求める。

抗告の理由

一、長野地方裁判所伊那支部昭和三四年(ワ)第二八、第二九号事件(以下本件各事件と言う)は昭和三四年七月九日、一一日、長野地方裁判所伊那支部に各適法に受理され同年八月二五日第一回の口頭弁論期日が指定されて以来拾数回の口頭弁論が開かれ現在主要な証人訊問が行われ重要にして且つ微妙な審理の段階に入つている実情にある。

二、然るところ原裁判所は訴訟の当事者並びにその代理人に対し何等意見を聴取することなく一片の理由も示すことなく全く一方的に且つ突然に前記回付書を送付したものである。

三、而して右決定には何等の理由が付されていないので、これが理由に対し不服を申述べることが出来ないが、少くとも次の理由により違法、不当な決定であり、これは当然取り消されなければならない。

1 決定に根拠法令の明示がないが少くとも現行民訴の中には回付手続というようなものは見当らない。結果的には明らかに移送に等しいものであり当事者にとつては重大な利害が発生するものを何等当事者の意見を聞く事なく且つ理由も付せずに行うことは違法という外はない。裁判所法の定めるところによるとするも、それは裁判所の内部の問題であつて、これにより訴訟当事者に重大な利害のある本件決定を一方的になして良いとの解釈は到底生まれてこないところである。

現行訴訟手続法が当事者主義に貫かれ、当事者の利益を優先して訴訟が進められなければならないことは今更言うまでもないところである。これが無視されて裁判所の内部の都合で当事者の利害、意思が勝手に無視されるということは、司法フアツシヨであり裁判所の職権乱用とも言うべき暴行であり憲法一三条を始め現行訴訟法の精神を無視した無効の決定であると言わなければならない。

2 原決定により本案当事者である抗告人は訴訟経済上重大な損害を受ける。

抗告人両名の住所はそれぞれ辰野町、岡谷市であり原裁判所まではそれぞれ約十七キロメートル、約二十八キロメートルであり比較的簡単に裁判所に出廷出来るが、これを長野市に移されればその距離は片道百拾キロメートル以上となり汽車で片道三時間をついやさなければならない。このため裁判所への出廷も相当な制約を受けるようになることは明らかである。

而も、本案に係る多くの証人は長野県上伊那郡下に居住しておるためこの裁判所への出廷は容易であるが、これが長野市に移されれば証人としての出廷にも重大な支障を来たす結果となる。而もこれに要する費用は原裁判所と長野地裁では比較にならない程の差額を生じ当事者たる原告はこの面から言つても不必要な負担を強いられる結果となる。これも裁判所の内部事情により国家権力により不当に財産権を侵害されることとなり民訴の当事者の利益を優先するという精神に反するものであり、抗告人としての今後の訴訟維持に取つても決意的な影響を及ぼし場合によつては訴訟の継続すら困難に追いこむ不当なものである。

3 長野地方裁判所には本案に対する土地管轄がない。

本案の性質その内容から言つて長野地方裁判所にはいかなる観点からするも訴訟法上の管轄がない。強いて裁判所が本件を合議体で審理する必要を見い出したとしてこれを合議体の裁判所で審理しようと言うならば乙号支部である原裁判所の管轄からしてこれは甲号支部である飯田支部に移されなければならないものである。従つてこの点からするも原決定は違法である。

4 本案事件は既に提訴以来七年以上を経過しているがこれが長野地裁に移されれば尚一層その訴訟の遅延は免れない実情におかれる事は前記の理由の通りであるが、この点からするも当事者である抗告人はより以上の損害を受ける事となり憲法で保証された迅速な裁判を受ける権利を侵されることにもなりこの点からするも原決定は取り消さなければならない。

四 以上の各事由からして本案を長野地裁に回付(移送と同結果)することは全く不当、違法と言わなければならない。現行訴訟法で定められている移送決定の場合も特別の事情のない限り当事者に意見を述べさせ口頭弁論を開いた上決定されるものが単に裁判所の内部事情で当事者に決定的な利害の消長を来たす本件決定が行われる事は到底許されないものである。

従つて本件決定に対しても移送の手続に準じて民訴法第三三条により当然即時抗告が出来るものであり又同法四一〇条によつてもこれが抗告の出来ることは明らかであるので、ここに本件抗告をなす次第である。

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